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新しい暮らしの始まった住まい  - T邸(福岡県福岡市)-

オープンハウスと音魂の会

2012.10.04

和やかな雰囲気のオープンハウス

23冨安邸OH.jpg 福岡市西区金武のT邸のオープンハウスイベントを開催しました。平日の夕刻から、しかも市内中心部からはかなり離れた郊外という立地にも関わらず、県外からも沢山の方たちをお招きすることが出来て、大盛況なイベントとなりました。ありがとうございます。5時からのオープンハウスでは、Tご一家の計らいで、ご当地の名物鳥飯のおにぎりを始め、夕方の小腹を満たすごちそうが並べられ、さながら立食パーティーのような和やかな雰囲気に包まれました。農家であり、食物となる恵みを作り出すご一家でのオープンハウスは、まさにこの住まいのお披露目にはうってつけと言える空気感でした。このイベントを心から楽しんでご協力くださったT邸ご家族はじめ、関係者の皆様、本当にありがとうございました。


アテフ・ハリム氏のヴァイオリンが木の家に響き渡りました

 オープンハウスの時間のあとに、イベントとして予定していたヴァイオリニスト アテフ・ハリムさんのコンサート。あの3.11の東北大震災以降、ものづくりをする私達は自分の仕事の是非を見つめ直す岐路に立たされています。私自身、濁流にのまれ儚くも倒壊していく住宅の姿を見て、何をやってきたのだろうと思ったものですが、そのことを紹介し、今こそ、リアル感をもって「時間を、空間を共有する事の大切さ」をこのコンサートを通じて感じていただきたいとの思いがありました。

 日が落ちてあかりの灯ったリビングの吹き抜け。弦の上を弓がはねて、いくつかの音を耳で確かめると、アテフさんの演奏が始まりました。日常を送っているT邸のリビングルームに、固唾をのんでアテフさんを見つめている人の数40有余人。始まりは、バッハでした。聴衆の中には子どもたちもかなり混じっていますが、音ひとつせずに聞き入っています。思った通り人々の空気感は一変し、その音色に吸い込まれて別世界へと誘われていきます。一曲一曲、部屋に染み込ませるように奏でてくれるアテフさん。そのたびに拍手喝采の聴衆。生楽器のすばらしさは、まさにその瞬間、電気信号に置き換えられる事のない本当の空気の共鳴をダイレクトに共有出来る事です。奏者と観客の呼吸が一つになる瞬間は、まさに心臓を鷲掴みにされるような感動に包まれます。

 沢山のファン層を抱えるアテフ・ハリムさんを、こんな形でお呼びする事には、ためらいもありました。熱狂的なファンからは叱られてしまいそうです。いつもホールでリサイタルを開かれる彼に、個人住宅のリビングで演奏させるなんて... 。しかし数年前、住まいづくりの話になって「いつか坂本の作った住まいで弾いてみたい」と言ってくださった言葉がするすると現実化してしまいました。リップサービスだったかもしれないその一言が、こんなことになってしまったと後悔されていないか心配するくらいスムーズに事が運んできました。アテフさんは子どもさんたちのために「ぞうさん」を弾いたり、唱歌から映画音楽まで親しみやすい曲目をちりばめて、観客の呼吸をひとつにしてくれます。ただただ、心地よいひととき。観客のリクエストに応えて、吹き抜けの上のブリッジになっている廊下から、音のシャワーを降らせるというアンコールまでやってくださって、皆が大満足したこの一時間は、まさに一瞬に感じられる時間でした。Tご一家の家長であるおばあちゃんに、アテフさんは「あなたのために」と一曲をプレゼント。アテフさんのこの音源は何も記録されていないけれども、全員の脳裏に焼き付いた記憶としてこれからずっと語られるでしょう。 最近の私は、こういった感動が記憶に刷り込まれていく事の大切さを良く思うのです。  

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アテフ・ハリム氏のWebサイトはコチラ

竣工

納屋とパティスリー工房を持つ、ロハスな住まい

 囲み庭から見た夜景。向かって左側が農機具類をおさめる納屋、折れてデッキの続く側がリビングをはじめとした居住空間のある母屋です。この開口は広々として囲み庭に面していて、将来的にもプライバシーを侵すことが少ない方向です。納屋と母屋の間には、本格的なお菓子づくりをされるお嬢さんのための専用厨房も完成しました。
 左手の納屋の方はダークブラウンの下見張りで仕上げ、母屋の方は左官でコテ目を残して仕上げました。照明によってそのテクスチャーが豊かに現れています。旅館のよう...と誰かが言ってくれましたが、夕暮れに黄色い暖かみを帯びた光が灯ると、誘われて行くような暖かさを感じる住まいとなりました。

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 近年稀な大規模な住まいに、私はこの空間の維持にどう対処していくかということをクライアントに提案し続けてきました。高断熱・高気密、高性能な器で快適に暮らすことは無論のこと、もうひとつ踏み込んでアクティブにエネルギーのことを考えたいと思いました。そこで、今回は太陽光を熱源とした給湯暖房のシステムを採用。勿論、それで足りない時はエネルギー源としてガスを使いますが、大部分は倉庫の屋根の上にあげたガラスの真空チューブで集められた太陽光の熱を使うという訳です。日頃、太陽の恵みを一身に受けてお米や野菜を作っているT邸のご家族だからこそ、そういうエネルギーで暮らしていただきたいのです。

あいまいな場所は、暮らしの魅力たっぷり。

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 外部でもなく、内部でもなくと言う場所は、何となく魅力的です。青空や、星空を見上げながら素足で出れる場所も良いし、土足のままは入って行ける屋根のある場所でも良いのです。あいまいな場所は、なんとなくわくわくします。
 T邸ではウッドデッキとガラス戸の向こうの遊び部屋がそれに当たります。デッキで天気のよい日にひなたぼっこをするのも良いし、椅子を持ち出してここで珈琲タイムなども良いですね。また、農作業の合間にはこのガラス戸からそのまま入って、遊び部屋で休憩するもよし、夕刻からここで一杯と言うのも一興でしょう。不思議と室内空間の温熱性能を整えるほどに、半外部、半内部空間へのアプローチも積極的になってきて、こういった場所を楽しもうという気持ちになってくるようです。
 農家であるT邸は、屋外と常につながっていられるライフスタイルを模索して、そういう場所を至る所に配置しました。様々なシーンでこういう場所が活用されます。思えば、広縁で農作物を乾かしたり、軒下で作業したりする農家のシーンは、かつての民家で行われてきたことです。それを今風に埋め込んだT邸、これからここで展開されるシーンの数々が楽しみです。

大きな吹き抜けは、熱性能があってこそ。

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 上の写真はリビングの大きな吹き抜けです。木造の吹き抜けといえば裾寒さや、上下で温度差が大きく不快でしょうと言う感覚がまだまだ一般的です。たしかに足下がスカスカで、気密性能が低く、断熱もなされていない住まいではそういうことになります。こんな大きな吹き抜けは命取り。そう考えると、大きな吹き抜けの快適さは、住まいの性能の指標かもしれません。基礎、壁、屋根の熱性能が高い住まいでは、空間をあまり細切れにせず、大きくひとつのヴォリウムにすることの方が、温熱上の快適さには有利なのです。臆せずに視線の抜けのよい大きな吹き抜けを作れることは、弊社の熱性能についての自信と言えるのかもしれません。
 空間を立体的に組み上げることは、住まい空間の賞味期限を大きくのばす要因のひとつでもあります。平面を重ねる次元のプランから、もうひとつ奥行きを作ること。設計時にはそこに大きな時間を費やしている気がします。

木、鉄... 嘘のない素材

 木と鉄というのも相性はすごく良い。お互いに嘘の無い材料であるとともに、時とともに変化していくものだからでしょうか。

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 T邸では軽快な手すりがお好みだということで、スチールのフラットバーによる手すりを採用しました。最低限の断面で手すりを形成しようと思えばやはり金属。無垢の木との相性と考えると、金属の中でも素朴なこういうものが向いています。昨今の住まい作りでは、既成の大手建材メーカーの作り出す均質でソツのない手すりでよいという風潮もあるようですが、私などはそこだけプラスチックな感じのものが何とも許せない気がして、ついつい手づくり感のするものになってしまいます。何とも素朴かもしれないけれど... 。住まい手にとって、その場の利便や格好良さではなくて、ずっと時間が経った時、安心であったり愛着の残るものを使いたいのです。

お仏間の障子、開け放つと...

 近年の住まいづくりでは、和室をしつらえることが少なくなってきています。T邸では、まだまだ地域のお客様を自分の家でもてなす慣習が残っているエリアということもあって、お仏間として10畳の部屋を確保してほしいというご要望が当初からありました。リビング、廊下の両面を桟の障子で仕切っているこのお仏間、障子を取り払えばこれほどの広さになります。どんなお客様にも対応できそうです。

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 ただ、昨今の起居様式は和だけでは完結しません。意匠デザインの混濁は近代の日本の建築では名だたる有名建築家たちが苦心惨憺していますが、こんな端くれの私でも、どうにもしっくりしないことはやりたくない。さりとて多くのビルダーさんたちが、「和モダン」などという言葉でお茶を濁しながらごまかしているのをやろうとも思わない。そこで正式な和の様式を見据えながらも、いくつかの様式を簡素化していくことで、やんわりほかと馴染ませるということを試みています。不自然でなく見えていれば成功ですが、見る人が見れば和だといい、そう言わない人には気づかれない。それくらいが良いなと思ったりしています。

おばあちゃんのお部屋の引き戸

 私はよく、お年寄りの部屋をにぎやかなところに配置することが多いです。世の中には「隠居部屋」などという言葉もありますが、隠れて居るなどと言うのはちょっと失礼ではないかというのが私の思い。それで一番にぎやかな場所に。
 一般的に個室の入口はプライバシーを守る観点から片開きの扉にすることが多いのですが、ここはあえて片引き戸にして、在室の時でも開けっ放しも大有り、閉めた時にもドアの真ん中に開けられたスリガラスから、ほんのり黄色い光が漏れます。普通よりも大きな建具にしてあるのは、将来車いすでも完全対応出来るように。トイレも廊下も車いす対応の寸法にしてあります。

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 農作業にも先頭に立って従事し、これまで一家を支えて来られたおばあちゃんだからこそ、この家の一番特等席の、このお部屋です。

なんと建築工事より先に完成!おばあちゃんの畑

 納屋の向こう側には、おばあちゃんが丹誠込めた畑が広がっています。現在T邸が建っている場所の表土は、畑作りには恰好の良い土だということで、基礎工事の掘削の際はその土を今の畑の位置に移設しました。そう、つまりこの畑は、この住まいづくりと同時に始まったものなのです。驚かされるのは、土の露出した地面だった着工時から、見る見る緑に覆われたその充実ぶりです。日常の賄いで使うお野菜は十分にこの畑で自給自足出来る勢いです。住まいの工事を見守りながら、畑の手入れに余念がなかったおばあちゃんの手は、まるで魔法使いのよう。インゲン、大根、菜っ葉の類など、また道沿いにはコスモスのフラワーベルトまで!
 ものづくりにも色々ありますが、私たちはおばあちゃんのその非凡な才能に目を見張る工事期間中でした。

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